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大分地方裁判所 昭和50年(ワ)459号 判決 1977年5月18日

原告

神田計美

ほか二名

被告

野上隼人

ほか三名

主文

一  被告野上隼人は、原告神田計美に対し金三六万五六三三円、原告神田陸子に対し金一五三万六八六七円、原告岩尾孝子に対し金二六万七六九六円と、右各金員のうち原告神田計美につき金三三万五六三三円、原告神田陸子につき金一四三万六八六七円、原告岩尾孝子につき金二四万七六九六円に対する昭和四七年一〇月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告らと被告野上隼人との間において生じたものは被告野上隼人の負担とし、原告らと被告岩本義直、同田深タクシー有限会社、同山元弘之との間に生じたものは原告らの負担とする。

四  この判決は、原告らの勝訴の部分に限り、仮にこれを執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自原告神田計美に対し金六四万五一〇〇円及び内金五九万五一〇〇円に対する昭和四七年一〇月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告神田陸子に対し金一六七万九一八二円及び内金一四七万九一八二円に対する昭和四七年一〇月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告岩尾孝子に対し金四二万二四七七円及び内金三七万二四七七円に対する昭和四七年一〇月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告四名共通)

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

(一) 発生日 昭和四七年一〇月一五日

(二) 発生場所 大分県速見郡日出町大字豊岡一三一番地付近国道一〇号線

(三) 加害車両 被告岩本義直運転の普通乗用自動車

(大分五五あ四八六号。以下加害車甲という。)

被告山元弘之運転の普通乗用自動車

(大分五な九五一三号。以下加害車乙という。)

被告野上隼人運転の普通貨物自動車

(大分四な五〇八五号。以下加害車丙という。)

(四) 被害車両及び被害者 訴外藤原保運転の普通乗用自動車(大分五な二〇八五。)

同車に同乗していた原告三名

(五) 事故の態様及び被害状況

本件事故は、訴外藤原運転の被害車の後方から加害車丙が、同車の後方から加害車乙が、同車の後方から加害車甲が順次追従して進行していたところ、最後部の加害車甲がその直前を進行している加害車乙に、同車はその直前を進行している加害車丙に、同車は原告らが同乗している被害車に玉突き状態で順次追突した。その結果、原告神田計美、同神田陸子の両名は頸椎捻挫の、原告岩尾孝子は外傷性頸性頭痛症候群の各傷害を受けた。

2  原告らの治療状況

(一) 原告神田計美 通院一三〇日

昭和四七年一〇月一六日から昭和四八年二月二二日まで(治療実日数二一日)別府市中村病院に通院して治療を受けた。

(二) 原告神田陸子 入院二九八日、通院一九二日

昭和四七年一一月一九日から昭和四八年九月一二日まで二九八日間前記中村病院に入院して治療を受け、それ以前の昭和四七年一〇月一九日から同年一一月一八日までの三一日間、それ以後である昭和四八年九月一三日から昭和四九年二月二〇日まで一六一日間合計一九二日間(治療実日数四五日)右病院に通院して治療を受けた。

(三) 原告岩尾孝子 入院一三六日、通院三二日

昭和四七年一〇月一五日から昭和四八年二月二七日まで一三六日間右中村病院に入院して治療を受け、その後昭和四八年二月二八日から同年三月三一日まで三二日間(治療実日数一〇日)右病院に通院して治療を受けた。

3  損害

(一) 逸失利益

(1) 原告神田計美 金三六万円

原告神田計美は、大分市大字曲、芳崎好人の経営する芳崎鉄筋に鉄筋工として勤務し、日当金三〇〇〇円で一ケ月少なくとも二六日間働いていたものであるが、本件事故のため昭和四七年一〇月一六日から昭和四八年二月二二日まで一三〇日間稼働することができなくなり、この間少なくとも一二〇日分の日当合計金三六万円の得べかりし利益を喪失した。

(2) 原告神田陸子 金九六万円

原告神田陸子は、東国東郡武蔵町橋本屋旅館に仲居兼調理士として勤務し一ケ月少くとも金六万円の給料を得ていたものであるが、本件事故のため昭和四七年一〇月一六日から昭和四九年二月二〇日までの一六ケ月間稼働することができず、この間少くとも一ケ月金六万円一六ケ月分合計金九六万円の得べかりし利益を喪失した。

(3) 原告岩尾孝子 金一〇万円

原告岩尾孝子は、別府市北浜松本小児科病院に見習看護婦として勤務し一ケ月少くとも金二万円の給料を得ていたものであるが、本件事故のため昭和四七年一〇月一六日から昭和四八年三月三一日までの五ケ月間稼働することができず、この間少くとも一ケ月金二万円五ケ月分合計金一〇万円の得べかりし利益を喪失した。

(二) 治療費

原告らは、別府市中村病院に対し、本件傷害の治療費としてそれぞれ左記金額を支払つた。

原告 神田計美 金一万五七八〇円

同 神田陸子 金七万八三八二円

同 岩尾孝子 金五〇六〇円

(三) 入院雑費

原告神田陸子、同岩尾孝子の両名は、前記入院期間中、栄養補給、雑貨購入その他の諸雑費として少くとも一日金三〇〇円以上の支出を余儀なくされ、

原告 神田陸子 二九八日分金八万九四〇〇円

同 岩尾孝子 一三六日分金四万〇八〇〇円

の損害を蒙つている。

(四) 通院交通費

原告らは、前記通院期間中、原告神田計美、同神田陸子の両名は自宅から、原告岩尾孝子は同人の実家である右両名の家から、何れも別府市中村病院に通院しているが、そのため一回の通院につきバス代往復金九二〇円の支出を余儀なくされ、それぞれ左記金額の損害を蒙つた。

原告 神田計美 二一回分金一万九三二〇円

同 神田陸子 四五回分金四万一四〇〇円

同 岩尾孝子 一〇回分金九二〇〇円

(五) 慰藉料

原告らは、本件事故のため、前記のとおり長期間の入通院を余儀なくされた。この間原告らの蒙つた精神的肉体的苦痛を慰藉するため少くとも左記金額を支払うべきである。

原告 神田計美 金二〇万円

同 神田陸子 金八〇万円

同 岩尾孝子 金三〇万円

(六) 弁護士費用

原告らは、大分県弁護士会所属弁護士松木武に対し、本訴の提起を委任し、その報酬として、原告神田計美、同岩尾孝子の両名が各金五万円、原告神田陸子が金二〇万円の支払を約した。右費用も本件事故に起因する損害である。

(七) 各原告の損害

以上による各原告の損害は、後記請求金額計算書記載のとおりである。

4  被告らの責任

被告野上は、加害車乙を保有し、事故当時自己のためにこれを運行の用に供していたから自賠法三条により原告らの蒙つた損害を賠償する責任がある。被告山元及び同岩本は、それぞれ前車との車間距離を十分にとらず、前車との車間距離を僅か三乃至四メートル保つたのみで前車に追従していたため本件事故に至つたものであつて、前車との車間距離を十分とつて進行すべき注意義務違反があり、右注意義務違反と本件事故との間には相当因果関係があり、同被告らは民法七〇九条により原告らが蒙つた損害を賠償すべき責任がある。また、被告田深タクシー有限会社(以下被告田深タクシーという。)は、被告岩本義直の運転していた自動車の保有者であり、事故当時、自己のために運行の用に供していたから、自賠法第三条に基き、原告らの蒙つた損害を賠償すべき責任がある。

5  弁済

(一) 原告神田陸子は、被告田深タクシーから金一〇万円、自賠責保険から金三九万円合計金四九万円の弁済を受けている。

(二) 原告岩尾孝子は、自賠責保険から金八万二五八三円の弁済を受けている。

6  結論

以上のとおり、原告らの本件事故により蒙つた損害の合計は別紙請求金額計算書のとおりとなるから、原告らは、被告らに対して各自右原告らの請求金額及びこれより弁護士費用を差引いた金額に対する本件事故の日である昭和四七年一〇月一五日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告 野上隼人

(一) 請求原因第1項の事実は認める。

(二) 同第2乃至第3項の事実は争う。

(三) 同第4項中、被告野上が加害車丙を所有し、事故当時これを自己のために運行の用に供していたことは認める。

(四) 同第5項の事実は認め、これを利益に援用する。

2  被告 田深タクシー及び同岩本義直

(一) 請求原因第1項の(一)乃至(四)の事実は認める。同(五)の事実中被告岩本が、被告田深タクシーの営業用加害車甲を運転し、本件事故現場を進行中、前車の被告山元運転の加害車乙に追突したことは認めるが、その余の事実は争う。

(二) 同第2及び第3の各事実はいずれも争う。

(三) 同第4項中被告岩本が加害車甲を運転し、被告田深タクシーのために運行の用に供していたことは認めるが、その余の事実は争う。

(四) 同第5項の事実は認め、利益に援用する。

3  被告 山元弘之

(一) 請求原因第1項の(一)乃至(四)の事実は認める。同(五)の事実中被告山元が加害車乙を運転して本件事故現場を進行中、前車の被告野上運転の加害車丙に追突したことは認めるが、その余の事実は争う。本件加害車甲の追突事故と原告らの損害の発生との間には因果関係がない。

(二) 同第2、第3及び第4の各事実はいずれも争う。

(三) 同第5項の事実は認め利益に援用する。

三  被告 山元の主張

本件事故の態様は、次のとおりである。即ち、被告山元が加害車乙を運転して事故現場に差かかつたところ、その前を進行中の被告野上運転の加害車丙が突然急制動の措置をとつたが、その直後、その前を進行していた原告ら同乗の被害車に加害車丙が追突した。被告山元は、これを目撃して直ちに急制動の措置をとつて加害車丙の直前で停車したが、その時被告山元に追従進行してきた被告岩本運転の加害車甲に追突され、その結果、加害車乙が前方に押出されて被告野上の加害車丙に追突したものである。以上のとおり、被告山元は、被告野上の運転する加害車丙との車間距離を十分にとり運転し、加害車乙が急停車したのでこれに続いてその直前で停止したのに、加害車甲から追突されて押し出された結果、加害車丙に追突したものであつて、被告山元には過失はない。

四  抗弁

被告 岩本及び被告田深タクシー

被告田深タクシーは、原告岩尾の本件事故による損害につき、同原告に対し金一〇万円を支払つた。また、原告岩尾は自賠責保険から本件事故に関する保険金合計金一八万二八七二円を受領した。原告陸子は、自賠責保険から本件事故に関する保険金合計金四三万二三一五円を受領した。

五  原告らの右抗弁に対する認否

抗弁事実はいずれも認める。

第三証拠〔略〕

理由

一  原告らと被告野上との関係において、請求原因第1項の事実及び第4項中被告野上が加害車丙を保有し、これを自己のために運行の用に供していたことは争いがない。

二  原告らと被告田深タクシー及び同岩本義直との関係において、請求原因第1項の(一)乃至(四)の事実並に同(五)及び第4項の事実中被告岩本が被告田深タクシー所有の加害車甲を運転し、同被告のためにこれを運転して本件事故現場を進行中、前車である被告山元運転の加害車乙に追突したことは争いがない。

三  原告らと被告山元との関係においては、請求原因第1項の(一)乃至(四)の事実及び同(五)の事実中被告山元が加害車乙を運転して本件事故現場を進行中、前車の被告野上運転の加害車丙に追突したことは争いがない。

四  被告田深タクシー及び同岩本は、加害車甲が加害車乙に追突したことと原告らの損害の発生との間の因果関係を争い、被告山元は過失を争うので、本件事故の態様につき検討する。

1  被告田深タクシーの営業用加害車甲を被告岩本が運転し、被告山元運転の加害車乙に追従していたこと、被告山元が加害車乙を運転して被告野上運転の加害車丙に追従していたこと、被告野上運転の加害車丙が訴外藤原保運転の被害車に追従していたこと、並に被害車に加害車丙が、加害車丙に加害車乙が、加害車乙に加害車甲がそれぞれ追突したことはいずれも当事者間に争いがない。

2  そこで、加害車丙が被害車に追突したのは、加害車乙が加害車丙に追突したことが原因となつたものかについて、検討する。

(一)  被告野上隼人本人尋問(第一、二回)の結果、並に成立に争いのない甲第四、第五、第一〇及び第一一号証によれば、被告野上が加害車丙を運転して時速約五〇キロメートルの速度で被害車に追従中、被害車が減速したので同被告もそれに応じてブレーキを踏み、加害車丙を減速させたところ、加害車乙から追突され、そのはずみで加害車丙を前進させられて被害車に追突した旨の、同被告主張事実に符号する証言乃至供述記載がある。そして争いのない加害車甲が加害車乙に追突したこと、加害車乙が加害車丙に追突したことを右証言乃至供述記載に併せ考えると、被告野上の主張する事実も合理性がないとはいえない。

(二)  しかし、右被告野上主張の事実に沿う証拠は、被告野上本人尋問及び被告野上の近親者らの供述であつて、その証拠価値については慎重に吟味する必要がある。以下、他の証拠を検討しつつ、右証拠の証拠価値について考えることとする。

(1) 成立に争いのない乙ロ第三号証(神田陸子の検察事務取扱検察事務官に対する供述調書)中には、次のとおりの供述がある。

原告神田陸子は、被害車に同乗して本件事故現場に差しかかつた際、加害車丙から追突されたが、その直後、加害車丙の運転手が被害車の側に来て原告陸子らに対し「すみません、けがはありませんでしたか。」と声をかけた。原告陸子が被害車に同乗していた原告孝子に異状をたずねていると後方でドカンと車の衝突する音がしたので、原告陸子は、「また事故があつた。」と声をたてた。一〇月二七日、原告陸子は警察官から事故の事情をたずねられ、被告野上運転の加害車丙から追突された後、後方で車の衝突音がしたのをきいたから、被害車が加害車丙から追突された直後、その後方で別の衝突事故があつたはずだと当時の事情を説明した。しかし、警察官は加害車甲が加害車乙に追突し、加害車乙がその影響を受けて押出されて加害車丙に追突し、その結果加害車丙が押出されて、いわゆる玉突き状に順次衝突事故を起し、先頭の被害車に追突したものである旨の説明を同原告になした。原告陸子は、警察官の説明に強く反論し、いわゆる玉突事故ではなく、被害車は加害車丙に追突され、その後に別の衝突事故が後方で起つたと従来の説明を繰り返した。被告野上は、原告陸子らを事故後二日たつた一〇月一七日原告岩尾孝子らの入院先に見舞に訪れ、同原告らに被害車の修理費も原告らの治療費も同被告が負担する旨述べていたが、その後、態度を変え、加害車丙が被害車に追突したのは、加害車丙が加害車乙から追突された結果であつて、被告野上に責任はないと主張するようになつた。原告陸子が追突による衝撃を受けたのは一回であり、後方で衝突音をきいてからは衝撃を受けていない。

(2) 成立に争いのない乙ロ第四(原告孝子の作成した「事故について。」と題する書面)及び同第五号証(同原告の司法巡査に射する供述調書)中には、次のような記載及び供述がある。

原告岩尾孝子は、事故当時被害車に同乗していたものであるが、被害車が時速四〇キロメートルで進行中、後方から被害車に追従進行してきた加害車丙から被害車が追突されて衝撃を受けたが、その後、わずかの時間を置いて後方でドカンという衝突音がした。しかし、同原告が衝撃を受けたのは一回のみであつた。

(3) 成立に争いのない乙ロ第六号証(藤原保の検察官事務取扱検察事務官に対する供述調書)中には次のとおりの供述がある。

訴外藤原保は、被害車の運転者であるが、本件事故当時、前車に追従して時速約四〇キロメートルの速度で進行していたが、突然加害車丙から追突されて押出され、エンヂンの故障でブレーキを踏むまでもなく停車した。訴外藤原は、右衝突を受けた時は、前記時速で被害車を運転して前車に追従進行中であつて、減速したり或はブレーキを踏んだことはない。衝突されて一瞬唖然としていると、後方で「ゴトン」というにぶい音をきいた。事故直後、加害車丙から人が降りてきて、車内にいた訴外藤原に対し謝罪した。一〇月一七日、訴外藤原は警察官から本件事故の事情をたずねられ、警察官に対し、被害車が加害車丙から追突された直後、その後方で前記の音をきいたこと、被害車が時速約四〇キロメートルで進行中に追突されたことを述べたが、取調べに当つた警察官は、加害車甲が加害車乙に追突し、その影響を受けて加害車乙が加害車丙に追突し、そして本件事故に至つた、いわゆる玉突事故であるようだとの説明を訴外藤原にした。それに対し、訴外藤原は、被害車は時速四〇キロメートルで進行中に加害車丙から追突されたものであり、いわゆる玉突事故であれば加害車甲の追突による影響を受けて加害車丙が被害車に衝突する筈はない旨反論した。事故後、訴外藤原は被告らと話し合つたが、その際被告山元は、加害車丙が被害車に衝突し、加害車丙が停車したので被告山元も加害車乙を停車させたところ、加害車甲から追突され、前に押出されて加害車丙に追突したが、その衝撃は僅かなようであつたと説明したのをきいた。しかし被告野上は、加害車乙に追突されて前方に押出され、被害車に追突したと述べていた。

事故直後、加害車丙の後部損傷の程度をみたが、バンバーが多少へこんだ程度で軽度であり、その程度からみて加害車丙が加害車乙から追突され、その影響を受けて前方に押出され、被害車に追突したものとは思えなかつた。また、訴外藤原は、追突による衝撃を一回受けたのみで二回衝撃を受けたことはない。

(4) 成立に争いのない乙ロ第七号証(被告山元の検察官事務取扱検察事務官に対する供述調書)中には次のとおりの供述がある。

被告山元は、車間距離を約一五メートル置いて加害車丙に追従し、加害車乙を運転して本件事故現場に至つたところ、大きな衝突音がして同時に加害車丙が急停車したので驚いて急制動をかけ、加害車丙に追突する寸前に加害車乙を停車させることができた。ところが、被告山元は、後方から追従進行してきた加害車甲から追突され、その影響を受けて加害車乙が前方に押し出され、加害車丙に追突させられたが、加害車丙の後部損傷の程度はナンバープレートが少しへこんだ位で軽度であつた。加害車甲の運転者である被告岩本は、加害車乙に追突した直後、被告山元の側にきて事故を起したことを謝罪し、その前方に二台の車が停車しているのをみて同被告に事情をたずねた。被告山元は、被告岩本に対しこれまでの事情を話して説明をした。

(5) 成立に争いのない乙ロ第八号証(被告岩本義直の検察官事務取扱検察事務官に対する供述調書)中には、次のとおりの供述がある。

被告岩本は、加害車乙に追従して加害車甲を運転し本件事故現場付近に差しかかつたところ、加害車乙が減速し制動燈がついたので危険を感じて急制動の措置をとつたが、車間距離が少なく、降雨で道路の状況が悪かつたため滑つて加害車乙に追突した。被告岩本は、直ちに降車して加害車乙に乗車していた被告山元の側に寄り、事故を起したことを謝罪したが、加害車乙の前に車が二台停車していたので不審に思い、被告山元に事情をたずねたところ、前方で大きな衝突音がして加害車丙が停車したので慌てて加害車乙を停車させ、加害車丙に追突せずにやつと停車することができたが、そこを加害車甲から追突された旨の説明を受けた。そこで、被告岩本は、加害車乙の前部と加害車丙の後部を調べてみたところ、加害車乙の前照燈(フオーグランプ)が割れ、加害車丙の後部には大した傷がなかつた。

(三)  以上の乙ロ各号証の供述乃至記載をみれば、本件事故は、まず最初に被告野上が加害車丙を被害車に追突させ、その後、被告山元が加害車乙の停車をみて急制動の措置をとり、加害車丙に追突する寸前に加害車乙を停車させたところ、加害車甲から追突されて加害車乙が前方に押し出され、加害車丙に追突したが、右衝突の影響によつて加害車丙が被害車に追突することはなかつたことになる。

そして、被告野上の主張する事実に符合する前記各証拠は、前記乙ロ各号証が採用するに足る信用性があるならばこれによつて認定される事実と全く相反するものとして採用することができない。

(四)  ところで、前記乙ロ第三、第四、第五及び第六号証は、本件事故の被害者であり、原告として損害賠償を請求し、或はこれを請求し得るものであつて、責任を逃がれようとする立場にない者の供述であること、右供述者らとしては加害者が多数である場合の方が少数である場合より損害賠償請求が容易であるのに、首尾一貫して加害者は被告野上のみである旨述べてかえつて自己に不利な供述をしていること、しかも右供述者らが一致して自己に不利益な供述をしていること、供述内容が自然であつて、目撃していない警察官らに対してそのいわゆる玉突事故であろうとの推認を強く否定していることを考えると、その信用性は高いといいうる。しかも、成立に争いのない甲第八号証(被告岩本の司法巡査に対する供述調書)によれば、被告岩本は、加害車甲を加害車乙に追突させ、加害車乙はその追突の衝撃で前方に押しだされて加害車丙に追突し、加害車丙はその衝撃で前に押し出されて被害車に追突した旨の前記乙ロ第八号証と全く相反する供述があるけれども、被告岩本としては、加害車乙の前方にある加害車丙及び被害車の状況は目撃し得ないはずであるのに、あたかもこれを目撃したかの如き右供述内容は極めて不自然であり、前記のとおり、被告野上及びその関係者ら以外の者が警察官の取調べに対して可成りそれぞれの経験事実を納得させるのに努力していることがうかがわれることからみても、被告らを取調べた警察官が、いわゆる玉突事故により、被告岩本の追突事故が原因となつて、加害車丙が被害車に追突事故に至つたものと推断し、その推断に影響されて関係者らの取調べをしたものと認められ、これらの事情を総合して考えると乙ロ第八号証は甲第八号証に比較してはるかに信用性が高く、乙ロ第八号証の内容が他の前記乙ロ各号証の供述内容に照らして自然にこれらと符号することを考えると一層その信用性が高いことが認められる。

また、乙ロ第七号証の信用性について考えれば、その供述内容が前記諸般の事情から信用性が高いと認められる乙ロ第三、第四、第五及び第六号証に自然に符合し、また前記信用性の高い乙ロ第八号証の供述内容とも自然に符合すること、被告山元とすれば、車間距離不保持の点はさて置き、被告岩本から追突されたことが原因となつて、加害車丙に追突したと供述しても自己に過失があることを認めることにはならないから、これが事実であれば警察官の取調べに対しても容易にその事実を認めるであろうと思われるのに取調べに当つた警察官に対してその事実を認めず(成立に争いのない甲第七号証)、終止加害車丙が停止したのにつづいて加害車乙を停車させたが追突はまぬがれた旨のべていることを考えると、その信用性は高いものと認められる。

前記乙ロ各号証の信用性が相当高いのにくらべ、被告野上の主張事実に符合する前記各証拠は、単純にいわゆる玉突事故である旨述べるに止り、争いのない加害車甲、乙、丙及び被害車の追突の事実に照らして考えれば一応合理性があるようにみえても、前記乙ロ各号証の供述内容に照らして考えるとき直ちにこれを採用し得ない。そして、乙ロ第三号証によれば、当初自己の責任を認める態度を示していた被告野上が、警察官から関係者らが取調べを受けた頃からその態度を変え、いわゆる玉突事故であることを理由に責任がない旨その態度を変えたこと及び前記のとおり取調べに当つた警察官が本件事故をいわゆる玉突事故と推認していた事情を考え合せると、前記被告野上の主張する事実に符合する各証拠は信用性に乏しいといわざるを得ない。

(五)  以上のとおりであるから、当裁判所は、被告野上の主張する事実に符合する前記各証拠はこれを採用せず、前記乙ロ各号証を採用し、右乙ロ各号証によれば、本件事故による原告らの傷害は被告野上の運転する加害車丙が被害車に追突したことによつて生じたものであつて、被告山元及び被告岩本の運転する加害車甲、乙の追突事故と原告らの傷害との間には何ら因果関係がないし、また、被告山元は、加害車乙を加害車丙に追突させたことが認められないから過失はない。従つて、原告らの本訴請求中、被告山元、被告岩本、及び被告田深タクシーに対する本訴請求はその余の事実を判断するまでもなく理由がないからこれを失当として棄却すべきであるが、被告野上に対する本訴請求は理由がある。そこで以下、被告野上の関係で原告らの損害について検討することとする。

五  傷害の程度及び治療状況

1  原告 神田計美

原告神田陸子本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一二号証並に原告神田計美本人尋問の結果によれば、同原告は、本件事故により頸椎捻挫の傷害を受け、昭和四七年一〇月一六日から昭和四八年二月二二日まで(治療実日数二一日)別府市所在の中村病院に通院して治療を受け、前同日治癒の認定を受けた。

2  原告 神田陸子

原告神田陸子本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一六乃至第一九号証並に同原告本人尋問の結果によれば、同原告は、本件事故により頸椎捻挫の傷害を受け、昭和四七年一一月一九日から昭和四八年九月一二日まで二九八日間前記中村病院に入院して治療を受け、それ以前の昭和四七年一〇月一九日から同年一一月一八日までの間及びそれ以後である昭和四八年九月一三日から昭和四九年二月二〇日まで合計一九二日間(内実治療日数四五日)右病院に通院して治療を受け、前同日治癒の認定を受けた。

3  原告 岩尾孝子

原告神田陸子本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第二一及び第二二号証並に原告岩尾孝子本人尋問の結果によれば、同原告は、本件事故により外傷性頸性頭痛症候群の傷害を受け、昭和四七年一〇月一五日から昭和四八年二月二七日まで一三六日間右中村病院に入院して治療を受け、その後、同月二八日から同年三月三一日まで(実治療日数一〇日)右病院に通院して治療を受け、前同日治癒の認定を受けた。

六  損害

1  逸失利益

(一)  原告 神田計美 金三四万二三三三円

原告神田陸子本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一四号証並に原告神田計美本人尋問の結果によれば、同原告は、事故当時大分市大字曲所在の芳崎好人経営の芳崎鉄筋に鉄筋工として勤務し、昭和四七年七月から同年九月までの三ケ月間に金二三万七〇〇〇円の収入を得ていたことが認められる。同原告の職業を考えると、前記同原告が受けた傷害により、前記同原告が治癒の認定を受けるまでの一三〇日間は就労困難であつたと認められる。従つて、その間の同原告の蒙つた休業損害は次のとおりとなる。

23万7000円÷3ケ月×130/30=34万2333円

(二)  原告 神田陸子 金九六万円

原告神田陸子本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一六、第一九、第二三号証並に同原告本人尋問の結果によれば、同原告は、大分県東国東郡武蔵町所在の橋本旅館に仲居として勤務していたものであるが、同原告の前記傷害の状況が、当初頸部痛及び連動痛等があつたのみであつたことから通院のみに止めていたところ、症状増強し、入院の必要が生じたこと、同原告の症状は極めて緩除に改善の方向に向つて治癒したが、左手、左頸、左肩に疼痛知覚異常、頭痛の後遺症をのこし、軽作業ならば就労可能と医師の診断を受けたことが認められる。前記同原告の傷害の程度及び後遺症を考えると、同原告は、昭和四七年一〇月一六日から治癒の認定を受けた昭和四九年二月二〇日まで就労が困難であつたと認められる。従つて、同原告は原告主張どおり少なくとも一六ケ月間は就労困難であつたものと認められる。同原告は、前記旅館で働き、昭和四七年七月から同年九月までの間金一九万三二〇〇円の収入を得ていたことが認められるから、原告主張どおり少なくとも毎月金六万円の収入があつたものと認められる。従つて、右同原告が休業期間中に蒙つた休業損害は次のとおりとなる。

6万円×16ケ月=96万円

(三)  原告 岩尾孝子 金七万五五〇八円

原告岩尾孝子本人尋問の結果真正に成立したものと認められる甲第二三号証並に同原告本人尋問の結果によれば、同原告は、別府市北浜所在の松本小児科医院に見習看護婦として勤務していたが、本件事故による傷害のため昭和四七年一〇月一六日から昭和四八年二月二八日まで一三六日間欠勤したことが認められる。同原告は、同医院から昭和四七年七月から同年九月までに金六万八三〇〇円の収入を得ていたが、右欠勤の期間中同医院から一部給与支払として金二万七七〇〇円の支払を受けていたことが認められる。従つて、同原告の休業損害は、次のとおりとなる。

6万8300円÷3ケ月×136/30-2万7700円=7万5508円

2  治療費

原告神田陸子本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一三、第一八及び第二二号証によれば、原告らは前記のとおり中村病院で治療を受け、同病院に自己の治療費としてそれぞれ次のとおり支払つたことが認められる。

原告 神田計美 金一万五七八〇円

同 神田陸子 金七万八三八二円

同 岩尾孝子 金五〇六〇円

3  入院雑費

原告神田陸子及び同岩尾孝子が、前記中村病院に入院中栄養補給、雑貨購入その他の諸雑費として少くとも一日金三〇〇円以上の支出を余儀なくされたことは、経験則に照らして認められる。従つて、同原告らの必要とした諸雑費は次のとおりとなる。

原告 神田陸子

300円×298日=8万9400円

原告 岩尾孝子

300円×136日=4万0800円

4  通院交通費

原告神田陸子本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一五号証並に弁論の全趣旨によれば、原告らは中村病院に通院するにあたり、原告神田計美の肩書住所から別府市秋葉町八番二四号所在の同病院までバスを利用したこと、右バス利用の運賃は片途一回金四六〇円であることがそれぞれ認められる。従つて、原告らが前記のとおり中村病院に通院するに際して支出した通院費は次のとおりとなる。

原告 神田計美

460円×2×21回=1万9320円

原告 神田陸子

460円×2×45回=4万1400円

原告 岩尾孝子

460円×2×10回=9200円

5  慰藉料

原告らの前記傷害の程度、入院通院の期間、原告神田陸子の後遺症等諸般の事情を考えると、原告らの精神的損害を慰藉するには、原告らに対し次の金員を支払うのが相当である。

原告 神田計美 金五万円

同 神田陸子 金八〇万円

同 岩尾孝子 金三〇万円

6  損害の填補

原告神田陸子が本件事故による損害につき自賠責保険から保険金合計金四三万二三一五円を、原告岩尾孝子が前同様保険金合計一八万二八七二円を、原告神田計美が前同様保険金九万一八〇〇円をそれぞれ受領したことは、原告らと被告田深タクシー有限会社及び被告岩本との間で争いがない。

右事実は、被告田深タクシー有限会社及び被告岩本が抗弁として主張し、これを原告らが認めたものであるけれども、併合審理していた本件訴訟において、右事実につき被告野上は、当然自己に有利な事実として利益に援用したものと扱うのが相当である。

原告神田陸子が本件事故の損害につき被告田深タクシー有限会社から金一〇万円を受領したことは当事者間に争いなく、被告野上は、本訴において右事実を自己の利益のために援用した。なお、被告岩本及被告田深タクシーは抗弁として原告岩尾に対し金一〇万円を支払つた旨抗弁を主張し、同原告はこれを認めるけれども、被告野上は右事実を援用せず、これを同被告が援用したものと扱うのは相当でないから同原告の損害からこれを控除すべきものではない。

7  弁護士費用

本件事故の態様、原告らの傷害の態様、原告らの損害の認容額等を考えると、原告らが支払うべき弁護士費用中、次の金額は本件事故と相当因果関係があるものと認められる。

原告 神田計美 金三万円

同 神田陸子 金一〇万円

同 岩尾孝子 金二万円

以上のとおり、原告らの本訴請求中、被告野上に対する別紙認容額計算書記載の認容額のとおりの金額及び各原告の右認容額からそれぞれ弁護士費用を差引いた金額に対する本件事故の日である昭和四七年一〇月一五日から右支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを正当として認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 早船嘉一)

別紙 請求金額計算書

<省略>

別紙 認容金額計算書

<省略>

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